カートの本と音楽の(PUNKな)日々2

田中康弘「山怪 山人が語る不思議な話」

田中康弘の「山怪 山人が語る不思議な話」を読んでみた。

田中康弘氏は日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマンで、
特にマタギ等の狩猟に関する取材をしている方らしい。

本書は田中氏が、マタギをはじめとする山に住まう人々に
数々の不思議な話を取材した、聞き書きの本なんです。
いわゆる心霊物の怪談・ホラーとは違うノリの本でして、
おおむねは通いなれた山でなぜか道に迷ったり、
子どもが突然行方不明になって、数日後に子供の足では行けないような
場所で発見されたりと云った、狐に化かされた、天狗に連れ去られた系のお話がメイン。
うわ~怖い~って感じでは無くて、なんかじんわりと薄気味悪いと云うか。
まあ、なんというか結構あっさり味の不思議・怪異譚ですね。
取材した相手はさまざまなんですけど、中には全くその手の話を信じない
この世に説明のつかない怪異なんかある訳ないって人もいるんですが、
当人の出くわした話は、単なる偶然とか見間違いでは説明できない物もあったりして
なかなか趣がある。

ちょっと残念なのは、作者はカメラマンなのに、一枚も写真が掲載されていないんですね。
狐に化かされた話だからって狐の写真が乗っていても興ざめですけど、
話の舞台になった村とか山とかの写真があっても良いんじゃないかと。

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小野不由美「鬼談百景」

小野不由美の「鬼談百景」を読んでみた。

実話系怪談集と云うことで良いんでしょうか。
特筆するほど怖い話は収録せれていませんが、
実話っぽい怪談が淡々と語られる。
怖い話ではなくて怪しい話と考えれば、これで良いのかもしれないけれど、
怖いのを是非と思って手に取ると物足りないかもしれない。
「残穢」の元になる話も収録されているので、一応読んでおいた方がイイかと思った次第。

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小野不由美「残穢」

小野不由美の「残穢」を読んでみた。
モキュメンタリーって云うかノンフィクション風のフィクションって感じでしょうかね、本作は。
小野不由美さん本人と思われる人物が語り手。
作家で、大人向けの作品も書くけれどもラノベが主戦場で、配偶者も作家。小野さんじゃん。
かつて20年ほど前に、小・中学生向けの文庫レーベルでホラーシリーズをもっていて、
この文庫シリーズのあとがきで「怖い話を知っていたら教えて欲しい」と読者に向けて書いていた。
色々と読者から体験談などを頂いたが、2001年末に久保さん(仮名)というライターをしている女性から
奇妙な体験についての手紙が届いたのが今回の発端。
久保さんが2001年11月に引っ越してきたマンション。
リビングで仕事をしていると、背後にある寝室(和室)から畳の上を掃くような、さっという軽い音が聞こえる。
何か説明のつく音なんでしょう(そもそも語り手は超常現象に対して懐疑的で、頭から否定はしないものの、
科学的・合理的に説明が付く自然現象と考える)とのやり取りが久保さんとの間で何度か交わされて、
どうすると音が聞こえるかなどの検証を久保さんがしてみたりして、メールでやり取りなんかをしていた。
ところが、2002年春になって、音以外の現象が起こってしまう。
いつもの音がしたので「またか」と思いつつ、いきなり振り返ってみると、着物の帯のようなものが畳を撫でるように
這うのを見てしまう。
結果、久保さんは寝室にしていた和室は物置部屋にしてしまい、普段は閉め切ることに。
でもここで語り手は、何か引っ掛かるものを感じるんですね。
たまたま、読者から頂いた怪談話を収めた箱を整理していて、見つけちゃうんですよ。
同じマンション(部屋は違うけれども)から届いた体験談の手紙。
手紙の消印は1999年7月。久保さんと同じマンションに半年ほど前に(つまり1999年の1月頃か?)引っ越してきたが、
2歳になる子どもが何もない宙を見つめて「ぶらんこ」と云うと。
何かがぶら下がって揺れているのが見えるらしい。そして、さーっと床を掃くような音を耳にすることがあるらしい。
2002年5月、語り手である私は、久保さんにメールを書いた。
「401号室に、屋嶋(仮名)さんという方が住んでいませんか?」

ちょっと長くなってしまいましたけれども、ここまでが第1章の内容。
ここから語り手と久保さんの二人三脚で調査が始まるんですね。
手がかりをたどって行くと、次の薄い手がかりが出てくる。
相互に関係しているようでも、微妙に齟齬がある感じの傍証。
何かあるんだけれども、何がと特定できないのが怖いような怖くないような・・・。
僕はこれかなり怖いと思って読みましたね。
ホラー小説って好きなんですけれど、面白いと思ってもホントに怖いのって滅多に無いじゃないすか。
たとえばスティーヴン・キングでもホントに怖いなと思って読んだのは「シャイニング」と「ペット・セメタリー」ぐらい。
小野不由美の「屍鬼」も面白いけど、怖くはないでしょ。
どこに怖いと思うポイントがあるかは人それぞれなんでしょうけれど、意外とこれは怖くて面白かったっす。

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小野不由美「屍鬼」

小野不由美の「屍鬼」を読んでみた。
文庫版で全5巻。
長い・・・・・が、面白ければ長いことはむしろウレシイ。
正直に云うと「屍鬼」にチャレンジするのは3度目。
過去2回は、なんていうんですかね・・・物語の助走の段階で飽きちゃって読むのを断念。
アガサ・クリスティを読むときも、なかなか話が動き出さないじゃないですか・・・。
それで飽きちゃうんですよね。
屍鬼も同じ感じで、過去2回は割と早めの段階で挫折。う~ん面白そうなんだけどなぁ。
今回は1巻だけでも最後まで読んでみようと。
結果的には1巻の後半ぐらいからノッテきて、5巻までほぼ一気に読んでしまった。

町に編入されてはいるものの、周囲を山に囲まれ、いまだに外部とは隔絶された外場村。
村としての独立心・・・というよりは孤立心とでも云ったらいいのかな、なにしろ閉じちゃった感のある村。
村の外へ通勤する者もいれば、村の外から通勤してくる者だっているし
町の役場の主張所だってある。でも、昔からの習慣と云うか、因習を残している。
人口1300人の外場村で、ある暑い夏、原因不明の死が蔓延し始める。
村でたった一軒の尾崎医院の院長敏夫は不審に感じ、幼馴染でもあり、
これまた村で唯一の寺院の若御院静信と共に密かに調査を始める。
村には土葬の習慣が残り、また、村独自のヒエラルキーが存在する。
寺を頂点とし、代々村長の家系である兼正(名字ではなく、屋号である)が第2位、
第3位が尾崎医院と云うヒエラルキー。
村内で処理すべき問題は、この3者の合議で決定される。
しかし、物語が始まった時点では、兼正は村外に移転(同じ町の中ではあるが、外場の人間にとっては
それは外の人になったに等しい)していて、静信や敏夫の二人も、村外の大学に(敏夫は医者なので当然だし、
静信も大学で寮生活をしていた描写がある)通うなどした影響か、さほど因習にとらわれていない(あくまでも
旧世代よりは・・・・なんだろうけども)ようだ。
異変を感じながらも、村の外にそのことが漏れることを懼れ、自分がイニシアチブを握って調査しようとする敏夫。
なんとなく引きずられる静信。
兼正は話題に出るだけで登場しない(完全に村外の人扱いだ)。
彼ら以外にも異変を察知する者はいる(と云うか村人全員が気が付いているが、問題を直視しない)が・・・。

うん、大変面白かった。
でも、静信が寺の若御前である必然性がほぼ皆無なのが非常に気になる。
物語の装置として寺が必要なことは間違いないが、静信が僧侶である必要性は感じられない。
別に職業として僧侶ってだけで、むしろ彼の本質は小説家の方なんでしょう。
まあ、静信がああいう人じゃないとラストの展開がかなり変わっちゃうと云う意味では
必要な人物設定ではあると思うんですが、あまりにも不自然なんで。
ちなみに文庫版5巻の宮部みゆきの解説でスティーヴン・キングの「呪われた町」と比較していましたが、
自分はむしろ同じキングでも「IT」とかの方を思い浮かべたかなぁ。全然似ていない気がするけど。

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押井守「ゾンビ日記」

押井守の作品だが映画ではない。押井守の小説「ゾンビ日記」を読んでみた。

まずはタイトルが素晴らしい。「ゾンビ日記」というタイトルの、そこはかとなくマヌケで哀れな感じが好い。

朝は生ジュースからスタート。続いてトイレ、筋トレ・ストレッチ、シャワー。
更に朝食を摂り、弁当の支度。
主人公には毎日の日課がある。それを淡々とこなしていく日々。
ただ1人生き残った人間として、ゾンビを狙撃しに出掛けると云う日課。
恵比寿駅にほど近い、明治通りに面した雑居ビルへと毎日出勤し、自分で決めたルールに従い
「生者」の義務として、日々の務めとして「死者」を葬り続ける。
よくあるゾンビモノと違って、本作のゾンビたちは、ただ歩きまわるだけ。
とくに人に襲いかかるとかの敵対行為を行う訳ではない。
なんだけど、主人公は自分の信条に従い、死者を葬ることに日々を過ごしている。
そんな日常が淡々と独白の形で綴られる。
狙撃の技術や、銃のメンテナンスに関する話し、移動に関する心得、食事と云った彼の日常の合間に
彼の心情が吐露され、世界に何が起きたのかが断片的に語られる。
面白いっちゃぁ面白いけど、変化のないストーリーだなと読み進むと、
彼の日常を壊す闖入者が登場。一変する世界。

映画で造るとすると30分位の短編向きかねぇ。
引用が多いのが気にはなるが、意外と面白かった。

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