カートの本と音楽の(PUNKな)日々2

ジョン・H,リーンハード「発明はいかに始まるか 創造と時代精神」

何冊か同時に読み終わりましたので、まずは一冊目。

発明とは、ある日突然一人の天才が、(例外はあるかも知れませんが)急に思いついて出来るものではない。
たとえば、電球の発明者と云えば、誰しもが(私も含めて)エジソンの
発明と異口同音に答えると思う。
飛行機と云えばライト兄弟だしね。
でも実際には、なにもないところから、エジソンが電球のアイデアを思いつき、
単独で創り上げたわけではない。
同時期に電球の開発を続けていた人は世界中にいただろう。
実用に適う電球をエジソンが作ったというだけですよね。
もちろん、エジソンの功績がそれで貶められるわけではないけど、
同時期にあるいはそれ以前に、様々な人々が研究していたその努力を忘れてはいけない。
そんなことを考えさせられる本でした。

具体的に本書で取り上げられているのは
「飛行機」「蒸気機関」「金属活字による印刷」「教育」などですけど、
飛行機の歴史と云うか創世期にも、様々な人がいろいろなもので実験していたんですね。
私もリリエンタールぐらいは知っているけど、正直、出てくるほとんどの人は
業績どころか、その名前すら知らない。

以前、伊丹十三さんの(ちなみに、私は普段の会話でも伊丹さんと、さん付けしています)エッセイで、
ミュンヘンの博物館の話が出てきます。
いわく、船なら船で、丸太舟から、様々な工夫がなされて現代の船に至る。
また、車ならば、車輪の発明から始まって人力車のようなものや、馬車などを経て
やがて動力がつき・・・。
と、その歴史が出来うる限り、順を追って展示されている。
しかも、そのほとんどが実物。または、可動する模型。
これを観ていくと、発明が一人の天才によって、無から産み出されるものではなくて
多くの人の創意工夫や、競争があって産まれてくるものであると解る。
この本を読んでいて、その伊丹さんのエッセイが思い出されました。

やや冗漫な感じもありますが、読む価値のある本でした。
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する